長くファンを続けていると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督ごとにチームの色や強さが大きく変わってきた実感があるのではないでしょうか。いまの指揮官だけでなく過去の監督像まで押さえておくと、試合の一場面一場面に込められた意図や歴史の流れがより立体的に見えてきます。
- 歴代監督の就任順と大まかな在任期間が分かる
- 黄金期を築いた指揮官の特徴と当時の戦い方を把握できる
- 現在の監督体制と今後の注目ポイントを整理できる
関東学院大学ラグビー部の歴代監督を年代別に整理する
まずは関東学院大学ラグビー部の歴代監督を年代別に整理し、時代ごとの区切りとチーム成績の変化をざっくりつかんでおきましょう。創部初期から牧野嘉弘監督、名将春口廣監督、櫻井勝則監督、板井良太監督、立川剛士監督、そして現在の榎本淳平監督へと続く流れを俯瞰しておくと、細かなエピソードも歴史の文脈のなかで理解しやすくなります。
| 時期 | 監督 | 主な出来事 | メモ |
|---|---|---|---|
| 1967〜1973頃 | 牧野嘉弘 | 監督就任後にリーグ戦2部参入 | 同好会から部への昇格期を支えた草創期の指揮官 |
| 1974〜2007 | 春口廣 | 大学選手権優勝6回など黄金期を築く | ボールを大きく動かすスタイルで大学ラグビーを席巻 |
| 2008〜2012 | 櫻井勝則 | 大学選手権出場を続けつつ2012年に2部降格 | 世代交代とチーム再編を担った移行期の監督 |
| 2013 | 春口廣 | 2部降格直後に監督へ復帰 | 再建を託されたが1年で解任となるシーズン |
| 2014〜2022 | 板井良太 | 1部昇格と再降格を経験しながら土台を整備 | 高校との一貫指導も活かしつつ長期政権を担った |
| 2023 | 立川剛士 | OBコーチから昇格し2部優勝で1部復帰 | 元日本代表FBらしいプロの視点を導入した短期政権 |
| 2024〜現在 | 榎本淳平 | 監督代行期を経て正式な監督就任 | OBスタッフとともに現在のチームを率いる指揮官 |
この一覧を見ると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督は黄金期を築いた長期政権と、降格や再建に向き合う短期政権が交互に訪れていることが分かります。とくに春口廣監督の長い1期目と、その後に続く櫻井勝則監督、板井良太監督、立川剛士監督、榎本淳平監督の流れを押さえておくと、各シーズンの成績やスタイルの変化を立体的に追いやすくなります。
創成期を支えた牧野嘉弘監督の役割
関東学院大学ラグビー部の歴代監督を語るうえで、1967年に就任した牧野嘉弘監督は公式年表で最初に名前が確認できる指揮官です。部が同好会から正式な部へと整い、リーグ戦2部に参入していく過程を見届けた存在であり、のちの黄金期にも通じる「ボールを大きく動かす」スタイルの土台づくりに関わったと理解すると歴史のつながりがイメージしやすくなります。
春口廣監督が築いた大学最強クラスの黄金期
1974年に就任した春口廣監督は、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でも圧倒的な実績を残した名将であり、大学選手権10年連続決勝進出と6度の優勝という黄金期をつくり上げました。ボールをワイドに動かしトライを重ねる魅力的なラグビーでリーグ戦優勝を重ねたことから、当時の「カントー」は大学ラグビー界全体のスタイルを変えた存在として今なお強く記憶されています。
櫻井勝則監督による世代交代と再編の時期
2008年から2012年までチームを率いた櫻井勝則監督は、春口体制の後を引き継いだ関東学院大学ラグビー部の歴代監督として、大学選手権出場を続けながらも徐々に勢いを落とす難しい舵取りを担いました。2012年シーズンにはリーグ戦0勝7敗で2部降格を喫しており、黄金期とのギャップを埋めるための育成や組織づくりが十分に進まなかった点は、次の監督たちにとっても大きな宿題として残されることになりました。
板井良太監督が背負った長期再建の重み
2014年に就任した板井良太監督は、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でも再建期を長く支えた指揮官であり、高校の六浦キャンパスでの指導経験も活かしながら選手育成と組織づくりを並行して進めました。1部昇格と再降格を繰り返しながらも、コンプライアンス面の整備やメディカルサポートの強化など、結果の浮き沈みだけでは測りにくい基盤整備を進めた点は現在のチームにもつながる重要なレガシーになっています。
立川剛士監督と榎本淳平監督による現在の体制
2023年には、OBで元日本代表フルバックの立川剛士監督が就任し、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でもプロ選手としての豊富な経験を持つ指揮官として大きな注目を集めました。翌2024年には榎本淳平コーチが監督代行となり、2025年シーズンからは正式な監督としてチームを率いる形へ移行しており、OBスタッフによる一体的な指導体制のもとで再び上位進出や大学選手権常連復帰を目指す現在進行形のフェーズに入っています。
こうして関東学院大学ラグビー部の歴代監督を並べると、名前や在任年だけでなく「何を託された時代の指揮官だったのか」という役割が見えてきます。黄金期を築いた監督も、降格からの再建を任された監督も、それぞれが当時の学生と向き合いながらチームをつくってきたと捉えると、勝敗表だけでは分からないストーリーが浮かび上がってきます。
今後の試合を観るときには、関東学院大学ラグビー部の歴代監督のどの時期につながるプレーなのかを意識して見ると、セットプレーや展開の選択にも歴史の匂いを感じ取れるはずです。特に現在の榎本淳平監督体制では、春口廣監督の黄金期と板井良太監督の再建期の両方から学んだ要素がミックスされており、「カントーらしさ」がどのようにアップデートされているのかを追いかける楽しみが生まれています。
春口体制が築いた黄金期と戦術の特徴

関東学院大学ラグビー部の歴代監督を語るとき、春口廣監督が率いた長い1期目の黄金期は外せないテーマです。大学選手権で10年連続決勝進出、6度の優勝という成績だけでなく、ボールを大きく動かす展開ラグビーで大学ラグビー全体のスタイルに影響を与えた時代だからこそ、その戦術的な特徴と組織づくりを押さえておくと現在のチームとの比較もぐっと面白くなります。
黄金期を支えた選手育成とリクルート戦略
春口廣監督時代の関東学院大学ラグビー部は、全国の強豪高校からのリクルートと、入学後の徹底した育成の両輪で黄金期を築いたとされています。強豪校出身者だけに頼るのではなく、伸びしろのある選手を見つけてポジションコンバートやフィジカル強化で化けさせるスタイルが浸透しており、その積み重ねが大学選手権での安定した結果につながりました。
ボールを広く動かす展開ラグビーの徹底
春口体制の代名詞ともいえるのが、FWとBKが一体となってボールを広く動かし続ける展開ラグビーであり、関東学院大学ラグビー部の歴代監督のなかでも最も攻撃的な色合いが強い時代でした。ラック周辺だけで勝負するのではなく、ロングパスやキックも織り交ぜながら相手ディフェンスの裏へボールを運ぶ発想が徹底されていたため、観客にとってもトライの多い痛快なゲームが続いたことが記憶に残っています。
大学選手権連覇がもたらしたプレッシャーと期待
大学選手権で連続して決勝に進み優勝を重ねたことで、春口廣監督は関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でも特別なプレッシャーと期待を同時に背負う立場になりました。毎年のように「優勝して当たり前」という空気が生まれた一方で、学生たちはその期待に応えようと高い質の練習を積み重ねており、勝ち続ける文化が当たり前になったことが後世のチームにとっては比較対象としてのハードルにもなっています。
不祥事と辞任が残した教訓
2007年には部員の不祥事を受けて春口廣監督が辞任し、関東学院大学ラグビー部の歴代監督史のなかでも大きな転換点となりました。結果として対外試合の自粛や活動停止期間を経験することになり、勝つこと以上にコンプライアンスや組織文化のあり方が重要であるという教訓が、その後の監督たちのチーム運営にも強く影響を与えることになります。
復帰後の短い2度目の春口体制
2013年には2部降格を受けて春口廣監督が再び現場に復帰し、関東学院大学ラグビー部の歴代監督として2度目の政権を託されましたが、入れ替え戦で1部復帰を逃したことなどから同年末に解任されるという厳しい結果に終わりました。黄金期を知るOBやファンにとっては復活への期待が大きかった一方で、時代の変化や選手層の違いもあり、かつての成功モデルをそのまま再現することの難しさを浮き彫りにしたシーズンだったと言えます。
このように春口体制の歴史を振り返ると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中で突出した成績を残す一方、成功と失敗の両面から多くの教訓を残した時代だったことが分かります。現在の榎本淳平監督体制や、かつての板井良太監督体制がコンプライアンスやメディカル面の整備に強く意識を向けている背景には、春口時代の華やかな戦績と同時に、その陰で経験した試練の記憶が受け継がれていると見ることができます。
- ボールを広く動かす展開志向のアタック
- 強豪高校出身者と無名校出身者の共存
- 学生主体のミーティングと戦術理解
- 練習量だけに頼らない効率的な準備
- 勝ち続けることを前提にしたメンタル作り
- 不祥事を契機とした組織文化の見直し
- OBネットワークを活用した支援体制
上のようなキーワードで春口体制を整理しておくと、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中で何が特にユニークだったのかを具体的にイメージしやすくなります。黄金期の記憶にとらわれすぎるのではなく、成功要因とリスクの両方を次の世代がどう咀嚼しているのかを見る視点を持つと、現在の試合や練習レポートを読む際にもまた違った発見があるはずです。
櫻井体制から二部降格までの揺らぎ
春口廣監督の長期政権のあとを継いだ櫻井勝則監督の時代は、関東学院大学ラグビー部の歴代監督史のなかで「結果は残しつつも徐々に揺らぎが大きくなったフェーズ」として位置づけられます。大学選手権には出場を続けた一方で、リーグ戦での取りこぼしやディフェンス面の課題が積み重なり、最終的に2012年シーズンの2部降格へとつながった流れを押さえておくことが重要です。
櫻井勝則監督就任直後のリカバリー
2008年の櫻井勝則監督就任直後、チームは春口体制からの移行期でありながら大学選手権出場と上位進出を果たし、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の流れとしては「黄金期の余力を活かしたリカバリー期」と見ることができます。指導スタイルや戦術の細部が変わるなかでも、当時の4年生や主力選手が春口時代の経験を若手に伝えることで、短期的には強豪としての位置を維持できていたことが記録から読み取れます。
大学選手権常連からの徐々な失速
しかし2010年前後になると、櫻井勝則監督が率いる関東学院大学ラグビー部は大学選手権のトーナメントで帝京大学や天理大学といった新勢力に押し切られる試合が増え、歴代監督のなかでも「強豪だが絶対的ではないチーム」へとポジションを変えていきました。フィジカル強度やディフェンスシステムの進化が全国的に加速する一方で、春口時代からの展開ラグビーの強みを守りつつ新しいラグビーへ完全にアップデートしきれなかったことが、競り負ける試合の多さに表れていたと分析できます。
2012年二部降格の意味とチームへの影響
2012年シーズンにはリーグ戦0勝7敗という厳しい結果で2部降格が決まり、これは関東学院大学ラグビー部の歴代監督史においても大きな節目となりました。結果として翌年の春口廣監督再登板と、その後の板井良太監督就任につながっていくことになり、この降格は単なる一シーズンの成績不振ではなく、組織のあり方や環境整備を含めた抜本的な見直しが必要であることを全員が痛感するきっかけになったと言えるでしょう。
こうした櫻井体制の揺らぎを振り返ると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督が常に勝ち続けるわけではなく、環境変化への対応が少し遅れるだけでもあっという間に立場が変わりうることが分かります。現在の榎本淳平監督体制がフィジカル、分析、メディカル、コンプライアンスを含めたトータルな改革を進めようとしている背景には、この時期の苦い経験が反面教師として強く共有されていると考えると理解しやすくなります。
板井体制の再建と2010年代後半のチーム像

2014年からおよそ9年間続いた板井良太監督の時代は、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でも「地味だが重要な再建期」として評価されています。1部復帰と再降格を繰り返しながらも、練習環境やサポート体制の見直し、高校との一貫指導など長期的な種まきを続けたことが、現在の榎本淳平監督体制にも受け継がれている点を押さえておきたいところです。
板井良太監督就任と組織の立て直し
板井良太監督は2014年2月に就任し、2部降格後のチームを再び上位へ押し上げる役割を担うことになり、関東学院大学ラグビー部の歴代監督としては「危機管理と再建」を軸にした指揮官と位置づけられます。練習内容の見直しだけでなく、スタッフ体制や学生生活のサポートにも踏み込んだことで、単に試合に勝つだけではなく、長期的に安定して戦える組織を作ろうとする姿勢が強く打ち出されました。
一部復帰と再降格をどう受け止めるか
板井体制のなかで関東学院大学ラグビー部は1部昇格と残留、そして再降格を経験しており、歴代監督の評価としては「成績面での浮き沈みが大きい」という見方も存在します。とはいえ公式の年表を詳しく見ると、昇格と降格の谷間のシーズンで若手選手に多くの出場機会を与え、経験を積ませていることも分かり、短期的な勝敗だけでは測れない育成面の投資が次の世代に引き継がれていると考えることができます。
高校との一貫指導がもたらしたシナジー
板井良太監督は六浦中学高校ラグビー部の指導経験も長く、関東学院大学ラグビー部の歴代監督の中でも数少ない「中高大をまたいだ視点」を持つ指揮官でした。中学高校から大学までの一貫指導を意識した人材育成により、同じプレーコンセプトを共有した選手が大学に上がってくるメリットが生まれ、長期的にはチーム文化の安定化やプレー理解の深さにつながっていると捉えられます。
こうした板井体制の取り組みを振り返ることで、関東学院大学ラグビー部の歴代監督は単に目先の1部残留や大学選手権出場だけを目標にしてこなかったことが分かります。現在の榎本淳平監督が、メディカルサポート体制の見直しや学生の安全配慮などを強く打ち出しているのも、板井時代に育まれた「勝つだけでなく守るべきものがある」という価値観が土台になっていると考えられます。
- 1部と2部の昇降格を経験しタフさを養った世代
- 中高大一貫の指導で戦術理解を深めた選手層
- メディカルやトレーナー体制の整備に着手した時期
- 部内ルールや生活指導を重視した再建方針
- 地域やOBとの関わりを広げたクラブ運営
- 勝敗だけでなく教育的価値を重視する姿勢
- 次世代スタッフを育てる意識を持ったマネジメント
- 再建の難しさと粘り強さを学生が学んだ経験
板井体制をこのようなポイントで整理すると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督史のなかで「黄金期ではないが基盤を作った時代」として評価できることが見えてきます。派手なタイトル獲得こそ少なかったものの、この時期の地道な取り組みがあったからこそ、現在の立川剛士監督や榎本淳平監督がより攻撃的なラグビーや高い目標を掲げられる環境が整っていると考えると、再建期の価値を前向きに捉えやすくなります。
立川監督と榎本監督が率いる現代の指揮官像
2020年代に入ると、関東学院大学ラグビー部の歴代監督はプロ経験者の立川剛士監督と、長年のヘッドコーチ経験を持つ榎本淳平監督という2人のOB指揮官によって新しいフェーズに入ります。2部からの1部復帰や大学選手権出場を実現しつつ、メディカル体制の見直しや学生主体のミーティング重視など現代的なチーム運営も進んでおり、「強いカントーを取り戻す」ための土台づくりと結果づくりが同時並行で進んでいる時期と言えます。
立川剛士監督がもたらしたプロの視点
2023年シーズンに監督へ昇格した立川剛士氏は、トップリーグでMVPを3度獲得した元日本代表フルバックであり、関東学院大学ラグビー部の歴代監督でも屈指のプロ経験を持つ存在です。ゲームコントロールやキックを含めた戦術判断にシビアな視点を持ち込むことで、2部優勝と1部昇格という短期間での成果を残し、学生たちに「トップレベルで戦うことの基準」を具体的な言葉と練習の両面で示した点が大きな特徴になりました。
榎本淳平監督が目指すスタイルとチーム作り
2024年には監督代行として前面に立ち、2025年から正式に監督となった榎本淳平氏は、関東学院大学ラグビー部でのプレー経験と長年のコーチ経験を併せ持つ指揮官として歴代監督の系譜に加わりました。立川氏や他のOBコーチと連携しながら、セットプレーでの安定を軸にしつつもスピード感ある展開ラグビーを志向しており、黄金期のスタイルを現代のフィジカルと分析のレベルに合わせて再解釈しようとしている点が特徴的です。
最新シーズンの注目ポイントと今後の焦点
直近のシーズンでは、榎本淳平監督のもとで大学選手権出場や1部残留を果たしつつ、まだ上位校との差を痛感する試合も多く、関東学院大学ラグビー部の歴代監督史のなかでも「再挑戦の入り口」に立っている段階と見ることができます。共同主将制の導入や学生主体のミーティング強化など、リーダーシップの分散と自律性を高める試みも行われており、今後はフィジカルとスキルの底上げが進んだときに、かつての黄金期に迫る結果を残せるかどうかが大きな焦点になっていくでしょう。
現代の立川剛士監督と榎本淳平監督の取り組みを追うことで、関東学院大学ラグビー部の歴代監督が時代ごとにどのようなテーマを背負っているのかがよりクリアになります。結果だけでなく、メディカルサポート体制の強化や学生の安全配慮を明示するなど、2020年代ならではの価値観も組み込まれているため、これからの数シーズンは「強さ」と「安心」を両立した新しいカントー像が形になるかどうかを見守る面白さがあると言えるでしょう。
まとめ
関東学院大学ラグビー部の歴代監督を年代ごとにたどると、牧野嘉弘監督の草創期から春口廣監督の黄金期、櫻井勝則監督の揺らぎ、板井良太監督の再建期、立川剛士監督と榎本淳平監督による現代の挑戦まで、チームの顔と戦い方が大きく変化してきたことが見えてきます。公式の年表や大学の発表資料、ラグビー専門メディアの分析を総合しても、単純な勝敗だけでなく、コンプライアンスやメディカル体制、学生主体の運営など、時代ごとの課題に向き合ってきた指揮官たちの姿が浮かび上がります。
これから試合を観戦するときは、「今のプレーはどの歴代監督の時代から続く文化なのか」「新しい監督はどこを変えようとしているのか」という視点を少しだけ意識してみてください。そうすることで、2026年以降の関東学院大学ラグビー部が再び大学選手権の頂点を狙うまでの道のりを、歴史と現在をつなげながらより深く楽しめるようになるはずです。


